AI(人工知能)で騒いでいる今は、パソコンが何でもできるものと言われていた頃と似ている

最近AI(人工知能)のニュースを聞くと、昔パソコンというものが一般家庭に浸透し始めていた頃によく聞いた言葉で、「パソコンはなんでもできるもの」というものがあった事を思い出す。

 

当時パソコンは1台20万円が相場で、気軽に買える金額ではなかったが、世の中がパソコンブームだったので買っておかなければこれからの世の中についていけなくなるのではないかという不安だけで購入していたりしたものだ。

 

そんなことでパソコンを購入しようとした時にふと疑問に思う点がはやり「パソコンを買って何に使うか」ということだ。

 

なんでもできるというが、では何に使うのか?思いつくのは年賀状の印刷と住所録の管理くらいだ。それだけに20万円もかけるのか?

 

そんな事を当時感じていたが、それは実はこういうことだったのだろうか。

 

パソコンの中身はコンピュータ。コンピュータということは何かの入力をすれば、決められた処理を自動的に行った後、望んだ形で出力させることができるもの、という事だ。

 

入力は何でもできて、処理内容もどんなふうにも決められるので、何でも望んだ通りのものが出来上がってくる。

 

確かになんでもできる。しかしそれは仕組みとしてなんでもできる可能性がある、ということでしかない。

 

何でも入力できるといっても、食材を入れて料理が出来上がってくるわけではない。

 

今でこそAI(人工知能)により音声入力された自然言語を認識して適切な返答を行えるようになってきたが、当時は入力と言えばキーボード入力かマウスドラッグによるグラフィック入力などしかなかった。

 

要するに、「パソコンはなんでもできる」というのは、つまり「パソコンのアーキテクチャ(構造、仕組み)から見ると、開発や活用のしようによっては無限の可能性がある」ということだ。

 

さらに言い換えると「パソコンの仕組みは無限の拡張性があるので自由な発想で拡張開発ができるので夢のある構造です」と開発者側に言っているのであって、一般消費者に何でもできるといっているのではなかったはずだ。

 

しかし、メディアではパソコンはなんでもできるデバイスだと広告宣伝することにいとまがなかった。

 

その様態は今ではAI(人工知能)に引き継がれている。

 

AI(人工知能)は人間の仕事を奪うだとか、人間の営みの大部分を取って代わってしまうとか、つまり何でもできると言われている。

 

確かに仕組みから見ると拡張開発や応用のしかたによってはなんでもできることになるだろう。

 

しかし、まるで明日から人間の存在にとってかわるようなものが出現するようなことが起こるだろうか?

 

今のスマホ社会も20年前では全く考えられない社会だ。電話は完全にポケットに入るようになり、電話という手段は地位が下落し、メールやLINEが当たり前に使われ、さらにはインスタがデフォルトのツールになりつつある。

 

スマホはパソコンの進化の結果なので、昔パソコンはなんでもできるといわれていたことが最近やっと実を結んだことになる。

 

パソコンはなんでもできるツールと言われた頃から現在まで、あっという間と言えばそうなのだが、実際パソコンが浸透しはじめたころと現在の状態を連続したものとして認識しているだろうか?

 

将来、ITテクノロジーの進化は想像もつかない形で発展し、世の中の人々の生活様式は今とはまったく違ったものに変化していることだろう。

 

しかしそれが今騒がれているAI(人工知能)の影響だと思い出せるだろうか?

 

おそらく将来の生活はそれが当たり前となり、2018年当時にAI(人工知能)の登場が世間を騒がせていたことなど忘却の彼方に追いやられていることだろう。