組織内承認と市場承認

森友問題についての古賀茂明さん記事

「改ざんを行う役所のしきたり 『君も悪だなあ』で上出来」

で思う事があった。

 

公務員は雇用不安が無いので安泰なのかと思っていたら、全くそうではなく、組織内での厳しい処世術が求められる様子が説明されている。

 

考えみればごもっともな話だ。

 

なにがごもっともかと言えば、人間はどんな環境にいても、今よりも有利な状況を求めてしまうものだという事だ。

 

私のように常に雇用不安と隣り合わせであれば雇用の安定を願っているが、一方で役人はと言えば雇用不安がない代わりに、負け組組織へ追いやられる不安と隣り合わせなのだ。

 

いや、現場レベルの人間は役人も実務にプライドを持ってやっているのだろう。

 

権力者と直接接する層やその層に関連する層が中心的に組織のパワーロジックで行動しているのだろう。

 

ということは、一般企業であっても大企業は同じような状況だという事だ。

 

 

 

 

機関車トーマスでの承認欲求

機関車トーマスの中では承認欲求が当たり前の事として描かれている。

 

ちょっとしたトラブルで自分の仕事が仲間に取られてしまって困ったり、

 

汽車を動かす事が出来ないトラブルにより、

 

「今日は誰の役にも立てなかった」

 

と嘆く機関車が描かれている。

 

なんというリアリズムだ!

 

仕事とは、人の役に立っているという実感があり、やっていて誇らしく、また自分が楽しく行う事が出来る、自分が保有している役割、という風に描かれている。

 

そして、ちょっとした日常のトラブルや出来事により、その立場が失われそうになり、反省する、といった物語だ。

 

現在の日本では、反省するような事は何も無いのに立場を脅かされるのが当たり前だ。

 

 

 

 

 

 

AI(人工知能)で騒いでいる今は、パソコンが何でもできるものと言われていた頃と似ている

最近AI(人工知能)のニュースを聞くと、昔パソコンというものが一般家庭に浸透し始めていた頃によく聞いた言葉で、「パソコンはなんでもできるもの」というものがあった事を思い出す。

 

当時パソコンは1台20万円が相場で、気軽に買える金額ではなかったが、世の中がパソコンブームだったので買っておかなければこれからの世の中についていけなくなるのではないかという不安だけで購入していたりしたものだ。

 

そんなことでパソコンを購入しようとした時にふと疑問に思う点がはやり「パソコンを買って何に使うか」ということだ。

 

なんでもできるというが、では何に使うのか?思いつくのは年賀状の印刷と住所録の管理くらいだ。それだけに20万円もかけるのか?

 

そんな事を当時感じていたが、それは実はこういうことだったのだろうか。

 

パソコンの中身はコンピュータ。コンピュータということは何かの入力をすれば、決められた処理を自動的に行った後、望んだ形で出力させることができるもの、という事だ。

 

入力は何でもできて、処理内容もどんなふうにも決められるので、何でも望んだ通りのものが出来上がってくる。

 

確かになんでもできる。しかしそれは仕組みとしてなんでもできる可能性がある、ということでしかない。

 

何でも入力できるといっても、食材を入れて料理が出来上がってくるわけではない。

 

今でこそAI(人工知能)により音声入力された自然言語を認識して適切な返答を行えるようになってきたが、当時は入力と言えばキーボード入力かマウスドラッグによるグラフィック入力などしかなかった。

 

要するに、「パソコンはなんでもできる」というのは、つまり「パソコンのアーキテクチャ(構造、仕組み)から見ると、開発や活用のしようによっては無限の可能性がある」ということだ。

 

さらに言い換えると「パソコンの仕組みは無限の拡張性があるので自由な発想で拡張開発ができるので夢のある構造です」と開発者側に言っているのであって、一般消費者に何でもできるといっているのではなかったはずだ。

 

しかし、メディアではパソコンはなんでもできるデバイスだと広告宣伝することにいとまがなかった。

 

その様態は今ではAI(人工知能)に引き継がれている。

 

AI(人工知能)は人間の仕事を奪うだとか、人間の営みの大部分を取って代わってしまうとか、つまり何でもできると言われている。

 

確かに仕組みから見ると拡張開発や応用のしかたによってはなんでもできることになるだろう。

 

しかし、まるで明日から人間の存在にとってかわるようなものが出現するようなことが起こるだろうか?

 

今のスマホ社会も20年前では全く考えられない社会だ。電話は完全にポケットに入るようになり、電話という手段は地位が下落し、メールやLINEが当たり前に使われ、さらにはインスタがデフォルトのツールになりつつある。

 

スマホはパソコンの進化の結果なので、昔パソコンはなんでもできるといわれていたことが最近やっと実を結んだことになる。

 

パソコンはなんでもできるツールと言われた頃から現在まで、あっという間と言えばそうなのだが、実際パソコンが浸透しはじめたころと現在の状態を連続したものとして認識しているだろうか?

 

将来、ITテクノロジーの進化は想像もつかない形で発展し、世の中の人々の生活様式は今とはまったく違ったものに変化していることだろう。

 

しかしそれが今騒がれているAI(人工知能)の影響だと思い出せるだろうか?

 

おそらく将来の生活はそれが当たり前となり、2018年当時にAI(人工知能)の登場が世間を騒がせていたことなど忘却の彼方に追いやられていることだろう。

 

 

 

 

 

 

人の承認欲求ってあるよね

承認欲求という言葉。様々なシチュエーションで当てはまる事が多い。

 

例えば、奢られるよりも奢った方が気持ちいい。

 

奢ろうとしていたが奢られてしまった人は、感謝よりも不快感の方が勝っているような反応をする。

 

奢った方は喜んで欲しかっただけなのに、逆に不快にさせてしまい後悔する事はよく起る出来事だ。

 

子供は親に褒めてもらおうと頑張っているのだが、逆に親は子供に適切なアドバイスをする事によって親の役割を果たそうとする。

 

アドバイスされた子供は親に認められていないと落胆し、さらにはやろうとしている事の方向性を決められた気がして窮屈に感じる。

 

親は、何故自分の有益なアドバイスが素直に聞いてもらえないのか不思議に思い歯がゆく感じる。

 

実は親は、何も具体的なアドバイスをするのではなく、献身的な行為をしてくる子供を認めてやる事が本来の役割なのだ。

 

子供は親の役に立つと感じる事で自信をつけ、外で前向きに振る舞えるのだ。

 

承認欲求の連鎖のピラミッドの頂点は、最終的には神格的な対象となるのだろうが、それまでのステップとして自分の承認欲求の対象を定めて置く事は有意義な事かもしれない。

 

いずれにしても、自分が承認されたいのは自分の問題なのでここでは一旦横に置いておいて、

 

他人から見て自分が承認欲求の対象である場合があるという事をよく認識して生きていく事が大切だ。

 

 

 

 

 

 

アフィリエイトの勉強開始

はじめまして、siroteeです。

今日はブログの第一回目の記事です。

よろしくお願いします。

ブログは収入を得る手段?

10年くらい前に本屋さんで偶然に手に取った本で、「日記を書いて何千万円稼ぐ方法」みたいたタイトルの本を見たことがあり、中身を読むといわゆる情報商材をブログ上で販売する方法などが開設されていました。

 

当時私は、インターネット、ホームページの事(ブログの事は登場して間がなかったのであまり知らなかった)は趣味程度に少しかじっていて、企業HPはDreamWeaverなんかでデザイナーかプログラマが作成しているもの、個人HPはホームページビルダーなんかで作成してプロバイダの無料サーバスペースなんかにアップする程度のものとしか思っていなかったんです。

 

しかしその本の中身を読むと、ブログという日記を書くツールが便利で優秀な事、アフィリエイトサイトで稼ぐことができる事、SEOという手法が存在し、サテライトブログを50個つくるべしとか、情報商材が高収入を得やすいとか、有料のリスティング広告の活用方法、最後には情報商材そのものを自作し、メルマガ配信等を駆使して幅広く販売していく、といった内容が書かれていて、当時の私には初めて聞く話ばかりで衝撃を受けました。

 

そしてとりあえず無料ブログサービスで記事を書き、アフィリエイト広告なんかを適当に張り付けてみましたが、あまりのアクセスの無さにすぐにモチベーションが底をつき、やめてしまいました。

 

雑記ブログで月〇〇万円?

最近になって、通勤電車でiPhoneでネットサーフィンしていたら、雑記ブログ開始数か月でAmazonアフィリエイトで月1万円以上収入が発生した、というような記事を見かけ、衝撃を受けました。

 

自分の感覚ではブログで月1000円程度の収入の人がほとんどなんだと、どこかで聞いたことがあり、それ以上の収入の人は何か専門職の人の情報サイトか情報商材を販売している人くらいしかありえないと思っていたからです。

 

さらには雑記ブログを3年継続して月〇〇万円の収益を報告しているブログなどもあり、本当ならばすごいことだ、実現方法を知りたいと思うようになりました。はてなブログにはそのような参考になる記事が多いことにも気づきました。

ブログの世界は知らない事だらけだった

それからは、ブログで収益を得ることに関する記事をいくつか読ませてもらいましたが、なかなか深い世界が広がっていることにカルチャーショックを受けました。

 

まず、収益だけを目的にしたブログ賛否両論から、ブログでの承認欲求の効果、SEOのノウハウ、記事が思いつかない人の悩みから、果ては人生論まで。

 

ブログで収益を得ることができるようになっても、自分の承認欲求は満たされないとか生活レベルは変わらないとか、意外だけれども体験者にしか語れない記事など、読めば読むほど面白いものが出てきます。

 

・・・ということで、これから改めて知った事やわかった事をメモしていき、自分を含めた備忘録として記録していこうと思います。

 

(おわり)